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叔父の死

7月6日。ここ数年よく会っていた叔父がトライアスロン中に溺れ、翌朝亡くなった。今でもまだ信じる事ができない。

叔父が仕事を辞めてからは、週に一度は連絡があり、月に2、3回は会っていたように思う。畑に行ったり、釣りをしたり、船に乗ったり、酒を飲んだりした。そのような思い出は山の様にある。

熊谷家らしく豪快な叔父で喧嘩もよく傍で見ていた。寿司屋で後輩相手に暴れたり、港で「この野郎!」って怒鳴る叔父をよく見た。意味なく暴れたり怒鳴っているわけではない。理由があってのものだ。ただ、年甲斐もなく暴れる様は自信の表れでまだまだやれると信じていたと思うし、僕も叔父はまだまだ色々な事にチャレンジしていくんだと思っていた。そんな叔父がトライアスロン中に溺れるなんて予想もできない。倒れたと電話があった際は、明日になれば笑顔の叔父に会えると思っていた。

父が亡くなってからは、叔父に相談する事も多かった。僕自身色々とチャレンジしていたので不安になった際は話を聞いてもらったりした。自分の人生において、ひとりでは生きて行けないという事を散々学んだし、父が亡くなってからは人間関係や人生の楽しみ方を叔父を見て学んだ。

叔父の死は早過ぎた。それは叔父にとっても周りにとってもそうだと思う。だから誰もが思ってもいない叔父の死に戸惑っていながら受け入れるしかない状況にある。心の奥で自分でも気付かない奥底でちょっとした混乱を抱えている。

叔父には三人の子供がいる。従弟にあたるが、僕とはあまり交流はない。叔父が亡くなる事でより会う機会も減ると思うが、叔父の事を忘れる事はないだろうと思う。